題76話:残り10日

 まだ幸せで穏やかで、この先にあたたかい未来を選べるはずだと信じていた、去年の今頃。コロナ禍で帰省を見送り、東京で二人で過ごしたお正月。私はなんにも出来なかったけど、あの人は張り切っておせちを作ってくれて、嬉しかったな、と思い出していた。クリスマスは一風堂に食べに行ったし、誕生日は家でぶりしゃぶをお腹いっぱい食べた。

 一緒に暮らして同じものを食べた記憶があるだけでも幸せなのかもしれない。お正月を一緒に過ごすなんて、そう簡単には起きないイベントだった訳だし。思い出して懐かしめる素材があるのは、やはり悪くない。

 

 とはいえあの人のその後の行いは、2021年ベストオブクズ男アワード大賞受賞である。ちなみに優秀賞は大学の友人、特別賞は高校の友人とした。彼らには、1年後の私を見てろよ、と思っている。あの発言あの行動、私を蔑ろにした全てを、絶対に後悔させてやる。

 容姿が優れていれば性格を、性格が優れていれば容姿を貶すような人間どもは、圧倒的な差を見せられた場合には何も言えない。見せつけてやろうじゃないの。容姿も安定したメンタルも性格も、ユーモアも知性も色気も健康も、全部お金で買えるのよ。私は私を幸せにするために働いてお金を使って暮らすけど、そうして圧倒的に強くやさしく美しくなった私を見て、敗北感を味わってほしい。

 

 結婚?それより今を楽しく生きるほうが大事。大人なんだから、お互い同意していれば後腐れのない関係だって別に構わない。1年後、3年後、5年後、どんどんご機嫌になって高笑いしていたい。かかってこい嫉妬。かかってこい嫌味。全部食べて私の血肉にしてやんよ!

第75話:残り12日

 身体が痛い。あちこち。これがアラサーか。不健康で長生きなんか絶対にしたくないと、バキバキに痛む身体で働きながら何度も思う。

 もうずいぶん前の出来事なのに、今でもまだ感情がバグる。前に住んでいた部屋の火災保険の通知が来て、いろんな記憶が染み出してきた。人間として不誠実な対応をされ傷ついたのは事実だ。でも一方で、楽しい時間も安心した温度も、美味しかったご飯も美味しくなかったご飯も、それもまた事実として残っている。良いことばかり思い出して、その中にずっといたくなる。一度泣き始めた自分を止めたい気持ちと、ずっと泣いていたい気持ちの戦いを眺めていると、疲れてしまって何もかもどうでもよくなってくる。何もかも。

 「一時的な不調だ」と物分かりよく自分を落ち着かせるのも面倒というか、分別のつく自分なんて今ここでぶっ壊してしまえと思う。長く生きれば生きるほど辛いことも増えていく。全部捨てるなら今なのだ。今が一番、これからの人生の中で辛くない。たまたま線路にスマホを落とし、拾おうとしたところにたまたま来た特急に、たまたま轢かれる。ただそれだけのこと。

 私はいつまで、このゆらゆらを繰り返したら気が済むんだろう。一生このままかしら。やあねえ。

 

第74話:残り16日

 「1年をザックリ振り返る見た人もやる」のハッシュタグを見かけて、1月から今日までを振り返っていた。

 1月、死ぬと決めて、アルコールを大量摂取した。当時の記憶がぼんやりしているから詳細はあんまり覚えていないけれど、その様子をツイートしていたら心配した知り合いが通報してくれて、警察の人がうちに来た。Twitter社、命の危険が迫っていると分かったら意外とスピーディーに住所を開示するんだなと知った。

 2月、星野源が出した『創造』に衝撃を受けた。とんでもなく凄い曲を聴いてしまったと思った。同時に「この人の作る他の曲を聴き切るまで死ねない」とも思った。それくらい私にとって衝撃的な音楽だった。

 3月、新しい街に引っ越した。半同棲から一転して、一人で知らない街に来て孤独だった。4月も、寂しさとどうしようもなさでいっぱいで、泣かない日はなかった。

 5月に星野源の結婚が発表された。ご祝儀としてMUSICA、NYLON、シングル2パターンを予約した。

 6月から11月は多忙の極みな仕事、膠着状態なプライベートの話し合い、という思い出。秋は映画をたくさん観た。

 

 そして12月。まだ始まったばかりだけれど、今年1月に通報してくれた人と、生き延びてくれた自分に感謝したい。ぼろぼろの職歴で転職活動がまったく上手く行かず泣いたり臥せったりしていた私に、「世の中にはどれだけ経歴がぼろぼろでも、成果でぶん殴れば開く扉もあるらしいよ」と先に伝えられていたら、どんなに心穏やかだったことだろう。

 

 大学デビューのタイミングを逃して同じ学科に友達ができなかった私は、テストの過去問も先輩が去年書いたレポートも、休んだ日のノートも手に入れられない人間だった。もっと要領よく生きられる人間になりたかったと思いながらも、テスト期間やレポート期間は図書館やPC室に籠り、とにかく文献を読んで課題をこなして馬鹿真面目に勉強した。卒論の時期はゼミ生とPC室で顔を合わせることも増えたし、閉館まで分析ソフトをいじってるのはだいたいみんな同じゼミの人だったけど、それでもやっぱり心の中ではずっと一人だった。

 

 今の組織の採用試験で私は、webテストの成績が上位数%、かつ論理的思考力の項目が満点だったらしい。それが目に止まり、面接に呼んでみようという話になったのだとか。話してみても論理が破綻していないとのことで好印象を残し、採用が決定したそうだ。

 あの孤独な4年間があって、ピンチの2社目で書いたものを評価してくれた3社目の上司がいて、3社目でひいひい言いながらもやっていた仕事のおかげで力が伸びて、今の職場にたどり着いた。そして今の場所で働き出してからは、地獄だった1社目で聞き齧った知識や考え方も、思わぬ形で仕事に繋がり始めている。

 

 それぞれの時期で出来なかったことや果たせなかった約束、後悔はたくさんある。でも、一個ずつ馬鹿みたいに真面目に、その時できる最大限で真剣に取り組んできたおかげで、今年の初め、圧倒的不利な職歴のマイナスをひっくり返して仕事にありつけたのだ。同期のキラキラした経歴を知ると尚更、よくこの中に私が入り込む余地あったなとしみじみ思う。

 もちろん、私を見出し鍛えてくれた人たち、文字通り救ってくれた人たちの存在も大きい。でも、どれだけ死にたくなろうがどれだけ孤独だろうが、目の前のことに対する真面目さ、真摯さを手放さなかった私のことも、同じくらい賞賛に値すると思う。20代の私は、私が大事にしたい私の在り方を守ってくれた。「プリンセスプリキュアのような存在になりたい」「30歳までに定職に就ければいい」と腹を括った2016年の私にも、「プリキュアにはまあまあ近づいてるよ」って伝えたい。よくやった。本当にあなたはよくやった。

 

 経営層から、結婚や介護以外の理由でも異動チャンスがあると明言してもらえた。私が考えていることや意見も伝えて、聞く耳を持って貰えた。

 可能性がゼロじゃないならやれることはあるし、今もしゼロでも半年後には変わっているかもしれない。プリンセスプリキュアは仲間と一緒に走り出すことで夢の扉の鍵を開けた。今の私に同じ夢を持つ仲間はいないけど、数年後の私に「実力でぶん殴って鍵を壊したら一人でも扉を開けられたよ」って吉報を届けたい。誕生日まで残り2週間とちょっと、リラックスして、ほどほどに真面目にやっていこうと思います。おやすみなさい。

第73話:残り17日

 12月に入って、街に職場にクリスマスツリーが増えてきた。週末は少しだけ都内に行くので、表参道ヒルズの今年のツリーは見てきたいと思う。今年は古い管楽器をツリーに使っているらしい。たのしみだ。

 

 塗るピーリングを始めたら顔がすごく乾燥する。まだ1週間しか経ってないので要観察だけど、肌荒れが改善したら嬉しいなと思っている。髪は中の下くらいまで改善していて既に嬉しい。ありがとうプリュスオー。プリュスオーしか勝たん。

 クリスマスは休めそうなので温泉街に行くことにした。最近夜になると「楽しみだなあー」とほのかに思う。

 足湯に入りたいからスカートを履きたいけど、そもそも冬用のスカートを持っていないし、コートも壊れたから買わなければいけない。でもさ、冬物って買うの難しくないですか? 軽さ、暖かさ、値段がちょうどいい冬物、見つけにくい。あと生地の厚みと網目。白地のニットとか意外と薄くて下着が響きやすいんだよね。そうこう悩むうちに、毎年冬が終わっている。リアルに「明日、何着て生きていく?」状態になりがち。おすすめの冬用スカートやニットがあったら情報お待ちしています。

 

第72話:残り18日

 ってかこれPMSじゃね?????という閃きで各種記録を見直してみた。病院行ってみよって思って相談した。漢方薬とLEPどっちにしようか迷ったけど、とりあえず漢方薬で1か月様子見してみることにした。はい、めちゃくちゃPMSかつ月経困難症でした。

 なんていうか生理前の体調地獄期間って、心の防御力が著しく下がる気がする。盾がぶっ壊れて回復アイテムが空っぽ。身体は身体でもうとんとだめ。ろくに働かない。去年まではここまで顕著じゃなかったのになんだろうね。年齢による体質の変化ってやつ? いずれにせよ、これで心穏やかで周りに迷惑をかけない、否、私に迷惑をかけない身体になることを強く望みます。

 

 タリーズハリーポッターコラボ商品を買えた。ユニクロのニットワンピースが意外とよかった。夜にディプティックのキャンドルを使うと心が落ち着く。長年の趣味を2つ、近々再開出来そう。こうして数えると、嬉しいことも結構あるみたいだ。

 今週末は友達に会える。中学の同級生で、仕事が出来ていつも前向きで体力があって、本当に大好きな友達。中学の同窓生で連絡を取り合い仲良くしているのはその子だけ。地元の雰囲気に馴染めず都会が好き、という共通点に気付いたのは、お互い進学のために上京し、井の頭公園脇のカフェで会った時が初だった気がする。

 

 会ったら、お互いの今年の振り返りと来年の話をするんだ。楽しい時間になりますように。

第71話:残り20日

 葬式は会費制、焼香の代わりにひとりひとりにディプティックの焚き火のアロマキャンドルを点灯してもらって(帰りに一個ずつ持ち帰っていいよ)、最後は星野源の明るい曲で解散、などの理想があるので、演出指示書を作るまでは迂闊に死ねない気がしてきた。あの親のことだ、そんなはちゃめちゃな葬式をやってくれる訳はない。でも最後くらい好きにさせて欲しい。公正役場に遺言書届けて、2部コピーして1部はいつも使う鞄に、もう1部は部屋の分かるところに。意思は示したよという記録は作っておかないと、我慢して飲み込んだ者の存在は無かったことにされてしまうからね。圧力だけはかけておこうと思う。

 それから墓。死んでなお一人で田舎の寺に閉じ込められるなんてぜーっっっっったいに嫌だし屈辱的過ぎるから、東京で一人分の永代供養墓を買おう。日当たりが良くて木がたくさんある場所がいい。

 

 朝起きても全然身体が動かなくて、なんとか恐怖心や嫌な気持ちを見ないようにするために、ビールでアルコールを摂取してから出勤しようとした。でも無理だった。誰かとの打ち合わせがある日に仕事を休むこと、今まで絶対にしなかったのに。朝から晩までずっと泣いて過ごした。ひとりぼっちなのも、友人男性の心ない言葉も、昨日、元婚約者に人の気持ちを再度踏み躙られてぷっつり糸が切れたのも、勢いよく死ねないのも、周りがみんな前向きに生活しているのも、女の子の知り合いが結婚していくのも、変わり者扱いされた記憶も、誰かが誰かを変わり者扱いする言動も、全部全部悲しかった。

 

 感情なんて邪魔なだけなんだから、なければいいのに。

第70話:残り21日

 stola.のコートとかnoelaのコートとか、可愛いけど似合わないだろうなって避けている。こういうのが似合う可憐さやmaxmaraのコートが似合う華やかさを、私はどこに置き忘れてきたんだろう。荒れた顔面や脚の皮膚、がちゃがちゃした歯、左右差の大きい口元を見ては暗い気持ちになる。たいして頭も良くない。なんの取り柄もない生き物が鏡に映っている。

 

 ドッペルゲンガーを見たら死ぬという都市伝説はつまり、死神は自分自身の顔でやってくるってことだと思う。どうしようもなく孤独で、粗雑な扱いをされて悲しくて、山積みの洗濯物に座り込んで、どうにも出来ないほど落ち込み嗚咽する時、「今飛び降りれば辛い気持ちから解放されるよ」って声がする。私の味方は私しかいないという時、私の顔と声をした死神は、こういう時だけ優しく肩を抱いてくれる。

 

 一人で大抵のことは出来るし楽しめる。イルミネーションもカラオケもディズニーランドも行ける。でもたまには好きな人と一緒に楽しんでみたい。好きになった人に好かれることなんて、もう無い気がする。だったら、私を一方的に好きになってくれる相手がいたらいいのに。それか一緒に暮らしてくれる異性。努力して幸せになんかなりたくない。なんの対価も差し出さずに幸せになりたい。

 溺愛する対象がいることは、自分が愛されるより幸せなことだと思う。でももう疲れた。好きになってくれる人なら誰でもいい。一人で生きるといつ死神の誘いに乗っちゃうか分からないから、私をこの世に繋ぎ止めてくれるだけの理由、義務が欲しい。

 

 それが叶わないなら、東京、帰りたいな。帰って私と一緒に暮らしてくれる人と一緒に暮らしたい。なんとなく数年の付き合いがある異性ならもう誰でもいい。好きな人がいたら嬉しいけれどそんなの出来なさそうだから、せめて私を東京に帰してくれる人、婚姻届の紙切れ一枚書いて、異動のアリバイ作りをしてくれる人がいたらいいのに。

 

 ステージ4の膵臓癌でも見つかってくれるほうがマシだ。そうしたら、お別れの挨拶をする時間も取れる。疼痛コントロールしながらやりたいことやって、気に入った人と死ぬまでの間だけ結婚して、一緒に過ごして死ぬの。死神と心中するより健全な死に方だから誰も文句は言えないでしょう。願うくらいは自由なんだから、希望の死に方くらい記録させてもらうわね。

 

 30歳まであとちょっと。誕生日くらいは幸せな時間がみっちり詰まっていますように。