第30話:残り148日

 世の中は、異性と結婚していない人間に対して厳しい。無償の愛情も慰めも、いたわりも、帰属意識も安心な暮らしも、一人で手に入れるのは難易度が高い。周りの話を聞くに、妙齢の独身に向けられる目線は「何か問題がある」「きっとどこか変な人なんだ」というものが多いようだ。

 ばかばかしい。浅はかにもほどがある。結婚していてもモラルのない人間、性格が歪んでいる人間、思慮深さのない人間、たくさんいるのに。独身でもそういう人はいるけれど、「ほらやっぱり、だから独身なんだ」と言われがちなのはなんなのか。考えれば考えるほど分からない物の見方だ。

 私は、人生を一緒に生きていってくれるパートナーは欲しい。結婚というシステムに則って異性と生活を共にするのも選択肢の一つではある。でも、あくまでも選択肢の一つ。異性愛者ではあるけれど、別に結婚相手が好きな相手じゃなくても構わない。恋愛結婚に縛られる必要もないな。裏切られるのは1回で十分だし、頭の狂った家族・親戚と関わらなきゃいけない地獄は絶対に嫌。結婚という形を取らないで異性・同性とパートナーシップ契約を結ぶのもあり。そもそも、一緒にいて苦じゃない異性なら、好きになろうと思えば好きになれる気がするし。自分を騙すのも知性のうちだと思う。

 契約結婚でも全然かまわない。でも、私が差し出せる価値はあまり思いつかないから、実現は難しそうだ。だからたぶん、かなりの確率で、私は独身で子供も持たずに生きていく。

 親戚はいないし、親もきっと私より先に死ぬ。ひとりで生きていくことを想定して諸々整えなければいけない。ならば、独身で楽しく幸せに、健やかに暮らしていくための術を身に着け道具を揃えなくては。「結婚以外の方法で相互扶助が可能なチームを作るのも当たり前な社会」、そんな社会があればいいけれど、当分訪れそうにないし、作るために孤軍奮闘する気力はない。考えられる中で一番楽で、手軽で、確実な選択はやはり、一人暮らしの満足度を上げるために準備をする、というものだろう。

 

 約4か月、嫌いな街に暮らしたおかげで、自分が人生に求める幸福の条件が分かってきた。好きな街、お金、健康、知性、友達。楽しく生きるには舞台装置がいる。ひとりで生きるなら財産を残す必要もないから、好きなように貯蓄して好きなように使う。遊ぶにも体力はいるので健康はマスト。知性を求める営みは暇つぶしに役に立つ。友達はいると楽しい。だからこの5つ。幸せに生きるというよりかは、不機嫌な時間を減らすために必要な要素、と言うほうが似合うかもしれない。恋人や家族がいないというだけで孤独に押しつぶされ不健康になり、めそめそ泣いて、人のインスタ投稿を羨み妬む人生はまっぴらごめんだ。

 40歳になるまでにこの街を出てやる。必ず。それまでに1000万円くらいお金を貯めよう。歯並びを治して食事運動睡眠に気を配り、知識を得て思索し文章を書き、気の合う友達を作る。それでいいと思う。妊孕性が低下する年齢になれば子どもを持つ持たない論争からも下りられるし、きっと歳を取るのも悪いことばかりではない。

 

 ま、人生何が起こるか分からないから、今日の夜にでも大動脈解離で死ぬかもしれないし、「やっぱ死ぬなら今だな」って、自分の意志でさくっと高いところから飛び降りるかもしれない。ネットの炎上に巻き込まれて感情の捌け口を無くすかもしれないし、知り合いと契約結婚するかもしれないし、誰かとまた恋愛するかもしれない。仕事もこの先ずっとあるとは限らない。何の因果か知らないが、またどこかでなんらかの物を書く仕事に就くかもしれない。どうなるか分からない。でも、どうなるかなんて誰にも分からないからこそ、私が私の人生に対してどういう勝ち負けの基準を設定し、どんな態度でこの戦いに臨んでいるか、書き記しておかねばならないと強く思う。

 それと、これを読んでいるあなた。あなたがどんな条件でどういう状況に置かれているかさっぱり知らないけれど、どんなスタンスで生きてもどれもありだと思います。だって人生みんな違うし。他人を犯罪に巻き込んだり世の中の平安を乱す行為は許さないけれど、それ以外は人それぞれでしょう。私は私の基準で私の人生を戦うけれど、あなたはあなたの基準であなたの人生を戦ってください。ひとりひとり競技が違うので、くれぐれもお互いの競技やその勝敗に口を挟まないように。

 でも、休みなく戦いを続けることはできないし、外野の応援が欲しいときもあります。じゃあお互い、試合の合間に雑談でもしましょう。必要なら、余力があれば応援もします。ただ私は、これから一層、私が好ましいと思う人間とのみ深く関わっていくつもりでいますが、その辺もお含みおきを。