第6話:残り176日

 お金はすごい。欲しかったものがだいぶ手に入った。

 気になっていた本10冊、ジェルネイル、ヘッドスパケンタッキーフライドチキン、可愛いブラウス、ネックレス、ストックが切れかかっていた入浴剤、ビタミンC、カーテン、1人用のソファー。マッサージ、仕事用のポロシャツ、サンダル、行ってみたかったカフェのご飯、木製のおぼん、KINTOのカップ、シートマスク、備蓄用の水、パックご飯、ストレッチポール。

 この休みで全部買った。嬉しいはずなのになんにも感情が湧かない。

 

 理由はわかっている。スマホの写真整理時に、去年から今年にかけて、元婚約者のお母様お父様が元婚約者宛に送った、私に関するLINEのスクショを読んだせいだ。

 私は彼のご両親に会ったことはない。お母様とは一回だけ電話で話したことがある。私の転職が決まっていた時期で、「あなたの幸せになる生き方をしていいのよ」と言われ、その優しさに嬉しくなったものだった。

 でも、彼に送ったラインの中で私は、「セックスしたいだけの女」「彼女は自分の考えが無い」とか言われていたし、お父様にいたっては「彼女の母親は病んでる」「その母親を野放しにした、彼女の父親にも問題がある。そんな家族とうまくやっていける家族はほとんどないと思う」「私も〇〇(筆者注:パートナーの名前)も、あちらのご家族に会うつもりはないよ」とか、どこから出てきたその発想、という話まで出ていた。

 私達は事実婚にするつもりはなく、法律婚するつもりだったから、お互いの家に挨拶に行こう、場合によっては結納も検討しようと話し合っていた。なのに彼の母親は、彼へのラインで「事実婚なんでしょ?どうして結納、結婚式するの?」とか言い出すし、「〇〇ちゃん(筆者注:あちらのお母様は息子を名前にちゃん付けで呼ぶのがデフォ)、その女と別れな。妊娠されたら一生借金地獄」とかも言ってた。「どうしても結婚したいなら父親呼んできな。土下座させてやる」って、会ったことも話したこともない私の父に謎に怒っていたかと思えば、実の息子に「心の目と耳を使ってよく考えて」とか言い出す。これに関してはあちらの父親も父親で、「人は誰しも心の青空を持っている。うんぬんかんぬん」みたいな話をメールで息子にしていた。お似合いのご夫婦ですね。素敵です。でも私は知性を失いたくないので、あなた方みたいにはなりたくありません。反面教師をありがとうございます。

 ご挨拶に伺う予定も、彼がお母様に時期を相談したら、あちらのお母様は「何が挨拶だ。馬鹿にすんな」とお怒りで、「来たとしても家に入れないから」「(筆者注:あなたの彼女は)かわいくない。愛情わかない。冷めた。きっと前の男も同じ。冷めたんだ。気をつけな」などの暴言を吐かれていて、取りやめた。

 へえ、結婚前に挨拶しに行くのって相手を馬鹿にした行動だったんですねそんな文化知りませんでした。無知でお恥ずかしい限りです。愛情?好きでもない無関係の、いや、もはや嫌いな他人から向けられる愛情なんて気持ち悪いだけなので、あなた様からはいただかなくて結構です。ご丁寧にどうも。あ、そうそう、前の恋人とは13年くらい付き合っていましたが、別れた理由はそんなんじゃないです。逞しい想像力ですね。何か別な、素敵なことに活かされてはいかがですか。

 ちなみに私と家族の名誉のために言っておくが、私の母親は病んでもいないし、私は借金もない。父とも母とも、親子だから多少のわだかまりはあるけれど、基本的には人間対人間の、論理をベースにしたコミュニケーションが出来ている。少なくとも元婚約者の家庭より健全な関係性である。

 あちらのお母様は私の元婚約者に「愛ってなんだろうね」「〇〇(筆者注:彼のお母様の名前。齢50にして自分のことを名前で呼ぶ)もばあばに愛されてる気がしないよ」「愛っていうのは、心にオレンジ色の光がふわぁーって広がるようなものだと思う」などとラインしていた。自分のことを名前で呼んでいいの、アイドルとかを除けば小学校低学年までがいいところじゃないかな。色んな人いるからそれを否定はしないけど、個人的には50過ぎて自分のこと名前で呼んじゃうような生き物、同じ種とは思えないです。生物多様性の勉強になります。恐れ入ります。

 

 まあともかく。先方がこんな状態であることを私が知り、さらに私の両親に相談したところうちの両親が「心外だ」と怒り(当然だ)、結婚に向けた話は白紙に返った、という訳だ。

 どう考えても向こうの親、正気の沙汰じゃないのはお分かりいただけただろう。

 

 さらに辛いのは、婚約者が彼の親と縁を切ることにかなり後ろ向きだったこと。結局、私はその程度にしか愛されていなかったのだ。誰が見ても頭のおかしい人間2人を親に持った彼も気の毒だけれど、その人間と適切に距離を取れない彼に心を寄せ続けられるほど、私は女神様ではない。

 この間彼と話したら、「親とどう向き合っていいか分からない」とこぼしていた。私に聞かないで、機能不全家族のカウンセリングにでも行ったらよかろう。それで騙されて多額の支払いでも背負って、即座に親と縁切って私を選ばなかった自分を呪い、死のうにも死に切れないで、誰にも救われることなくこの世で地獄を味わえばいい。大丈夫、ご両親も一緒だから君はひとりじゃない。3人で力を合わせればきっと、どんな地獄も少しは楽になる。だって君のお母様、電話では「2人で力を合わせて生きていくんだよ」って励ましてくれたじゃない。今度は私が応援する番よ。みんなで頑張ってね。

 

 何もなければスムーズに結婚して幸せに暮らせていただろうに。相手に失望することも、2人で一緒にいるのに寂しさを感じることもなかっただろうに。

 元婚約者のことは嫌いじゃない。穏やかな話し方も甘えてくれるところも、私にはない発想を持っているところも好きだった。でも、この騒動にまつわる彼の行動や考え方をリフレインする度、恨みや呪いの気持ちでいっぱいになる。ご両親の言葉のナイフも、ご両親のまともじゃない思考回路も辛いです。でも、君が私を選んでくれたらここまで絶望しなかった。君は私よりご両親を選んだ。その事がいつまでもいつまでも私を苦しめていること、忘れないで生きていってね。絶対に忘れさせたりしないからね。

 

 来世ではみんな幸せに、私もあなたも、あなたのご両親も、なんの憂いもなく一緒に仲良く暮らせますように。