第33話:残り146日

 iPhoneが昔の写真をピックアップしてきて、それが去年のクリスマスに一風堂を食べに行った時の写真で。そこから昔の写真を辿っていて、去年の今頃は一緒にここに行ってたんだなとか、幻のウェディングドレスとか、ちぃちゃいけれどきらきらしている婚約指輪とか、見返してしまった。全部気圧のせい。

 この頃は平和だったんだよなあって。なんでもない、人参切ってる写真とか、ソファにぐでーってしてる写真とか、閉園前のとしまえんとか、大山で豆腐料理食べた記憶とか、スーパーの帰り道とか、楽しかったなあ、寂しいなあって、自覚したら最後、だめよね。全部気圧のせい。

 裏切られて辛い気持ちと楽しい思い出と、好きだった気持ちと憎たらしい気持ちは全部本物で、同時に存在することも出来る。それでもやっぱり、身の置き所が不安定なのは居心地が悪い。それだけで疲れる。

 今連絡したら普通に出てくれそうだよなあ。お喋りするだろうし、少しの間だけ、なんにもなかった時みたいに過ごせないかな、寂しいなって、きりきり痛い鳩尾は気づかないふりをして、隣の部屋から一番遠い暗い台所で、声を殺して泣きながらこれを書いている。全部気圧のせい。

 東京に帰りたい。帰ったところで楽しい時間は戻らないって分かってる。一人でも寂しくなく暮らせるから、東京に帰りたい。思い出を上書きしたい。寂しい。全部気圧のせい。全部気圧のせい。