第10話:残り172日

 夕ご飯に鶏皮餃子を食べてふと、「気心の知れた人達とわいわいしながら中華料理を食べたい」と思った。コロナ禍だと大人数の飲み会が出来ないから、やれても当分先になるだろう。飲み会は、最後にやったのがいつか思い出せないほど縁遠い物になってしまった。

 実は4、5年前まで、中華料理はあまり得意ではなかった。好んで食べるようになったのは職場や家の近くに美味しい中華料理屋さんがあったおかげだ。また、上司が中華好きだったことも影響してか、たまにある会社の飲み会や食事会の会場が中華屋さんになって、食べる機会も増えた。油淋鶏は外で食べる昼食の定番メニューになったし、小籠包は好物になった。痺れる辛さの麻婆豆腐は、いつの間にか食わず嫌いじゃなくなった。

 私は転職して会社を離れ、4、5年前とは畑違いの仕事をしている。

 本当なら、私にもっと能力や体力があったなら、同じ職種か近しい職種で働きたかった。

 上司は、最初の職場で問題を抱えて短期離職し、非正規で働いていた私を採用してくれた張本人だった。命の恩人とまでは言わないが、それに近しい恩を感じている。

 入社初日に4階の奥の会議室に呼ばれ「パピリオさんには早く編集をやって欲しいの」と言われたとき、「こんな自分に期待をかけてくれる人がいるんだ」と嬉しかったのを覚えている。「この会社を離れてもライター・編集者として業界に残ってくれそうな人を選んだ」「大丈夫。育てますから」という期待に応えられなかったこと、いつだったか私が本心で言った「○○さんがいるうちは辞めませんから」が結果として嘘になってしまったことはたぶん、これからも、私を少し悲しくさせる。

 物事を整理して分かりやすくして、誤読の可能性が低い文章を書くことは出来た。取材も、毎度緊張していたけれどなんとかこなした。でも私は圧倒的に企画を出すのが苦手で、それが今後、この仕事で長く働くには致命傷になり得ると怖かった。上司は「慣れだよ」「訓練だよ」と励ましてくれたし、「あなたこの仕事始めて何年?数年でしょ?同じこと出来なくて当たり前でしょ?」と言っていた。正しい。でも、直接的にも間接的にも、色んなことが重なって心と体が先にだめになってしまった。

 コロナで在宅勤務になっていたし、退職直前は別部署にいたから、上司への挨拶がろくに出来なかったのは結構心残りだ。SNSでいつでも連絡を取れるご時世ではあるけれど、期待に応えられなかった後ろめたさ、裏切ってしまった申し訳なさや悲しさもあって、気軽に連絡するのはなんだか躊躇われる。本人が知ったら「水くさい」と笑うだろうか。「相変わらずネガティブでめんどくさい奴」と顔をしかめるかもしれない。これでも、一緒に働き始めた頃と比べればだいぶ前向きになったのだからご容赦いただきたいものである。

 もしまたお話出来るチャンスがあったら謝りたいけれど、かえって気を遣わせてしまうだろうから謝るのはほどほどにして、近況を聞いてみたい。その時は、在職中に仲良くしてくれた他社の人達も一緒に、美味しい中華料理屋さんに待ち合わせでどうだろうか。書く私を見出し育ててくれたことへの感謝は、直接伝えるのではなく、何かしら書き続けることで表していくつもりだ。